何をもって、〇〇としてきたのか~メタ認知について②~

メタ認知って?
メタ=高次の、~を超えた
です。

メタ認知とは「高次の認知」
簡単に言えば「一段上から、自分を知っている状態」のことです。

楽しく遊んでいる自分に対して
「楽しいのは分かるけど、宿題やらなくていいの?」とささやいてくる別の自分
これがメタ認知です。

メタ認知それ自体は、自分を別の視点から捉えることができる点で
とても素晴らしい能力です。

けれど、メタちゃんが発達しすぎると
自分の想定・推測・憶測…これらに縛り付けられてしまい
苦しさ、不安から自由になるのが難しくなってしまいます。

私自身、このメタ認知がとても発達していて
誰・何がどうこうではなく
自分で自分を縛り付けていました。

そのなかで内省し、少しずつ分かってきたことを
シェアしていきたいと思います。
「世の中(社会)」が怖かった
思えばずっと、「世の中(社会)」というものを怖がっていたように感じます。
それは、今後のブログでもう少しお話しますが
他者はもちろん、いろいろな人が集まって構成された「世の中」が、私には怖くて怖くて仕方なかったのです。

きっとこう思われるにちがいない
こういう考えを持つ人のために、こういうところを配慮した表現にしないと
あっちの立場にも配慮するなら、さらにこれを付け加えて…

こんな風に、自分が何かをしようとするたび
メタ認知が、様々な方面からツッコミを入れてきて
ちょっとの行動をするにあたっても、ものすごく緊張して、多大なエネルギーを消費してきました。

内省をして分かったことは、次のようなことです。
そもそも世の中って何?
端的に言えば「私がそんなに怖がる「世の中」って、そもそも何なのさ?」ってことです。

ありとあらゆる他者のことなど、代弁できないのに
どれだけの自分を総動員しても、想定外のことはあるのに
世の中は、私が思う以上に優しく(あるいは辛い)可能性があるのに

私は、世の中という集合体の
一体どの部分を切り取り、「世の中」としているのか。してきたのか。

「世の中さん」という人格をもった
意思疎通可能な
言ってみれば、一緒にお酒を飲んでコミュニケーション可能な「他者」がいるわけでもないのに

私は一体
何に・どこに、怯え
何に・どこに対して、心を閉ざしてきたのか。

私は、何のために、どんな心の壁を作ってきたのか。
私は、「世の中」という、つかみどころのない存在を
どのように認識し、こねくりまわし、掴んできた(つもりになっていた)のか。

ここに気づいたとき
私が「世の中」と認識して、むちゃくちゃ怖がっているものは
私が途方もなく広い世界の、全部を知ることなんて到底不可能な世界の
ほんの、どこか一部分を、自分のフィルターで切り取って認識しているだけなのだと
ハッとしました。
とてつもない衝撃でした。

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